声の網

　８月１９日　スーパーコミックシティ　インテックス大阪発行
　サンドイッチシリーズ。
　土日普。
　『想われて、温みに嵌る。It is considered and fits into warmth』
　　
　書きたい物は色々合あったはずなのに蓋を開けてみると破綻している悪。
　もっと余裕のない土さんと、余裕ない土さんより余裕ない普と、その二人と比べ物にならないくらい余裕ゼロな日が書きたかったんですけど。
　おかしいなぁ。
　エロは夏らしく濃くなった気がしないでもないです。


　
　「サディクさん。暑くないですか？」
　「以前来た時が連続猛暑日最高潮でしたからねぃ。今日なんかは涼しく感じまさぁ」
　「そう言って頂けるなら良かったですけど……暑かったらクーラー入れますから、言って下さいね？」
　見目も涼しい麻の着物を着こなした本田は汗も掻かずに、アドナンに向かって団扇を仰ぎながらはんなりと微笑む。
　深海を思わせるネイビーブルーは本田に良く似合った。
　「……しかし、サディクさん。貴方はしみじみ着物が似合う方ですよね……羨ましいです」
　「他の誰でもないお菊さんが、そう言って下さるのが何より嬉しいやねぇ」
　ばちこんとウインクをすれば本田の笑みが深くなる。
　本田がアドナンに選んだのはスカイブルーの甚平。
　麻百％仕様は僅かな時間首周りをちくちくさせたが、本田に軟膏を塗って貰ったらすぐに納まったのでその後は問題もなく着ている。
　本田が着ている着物より余程隙間が多いデザインなので、動くと微かな風が身体の上を滑るのも気に入っていた。
　ふわとふわと漂っているのは蚊取り線香の匂い。
　部屋の隅々にそうとわからぬよう配置されている湿気取りのせいか、じめじめ感はかなり払拭されている。
　ゆるやかに吹く風が軒下に下げられた風鈴を適度に鳴らした。
　ちりーん、ちりーんという独特の音は日本独特の夏の風物詩だろう。
　「あ！　そうだ。スイカを冷やしてあるんです。如何ですか？」
　「いいねぇ」
　「では、少しお待ち下さいね！」
　音もなく立ち上がった本田がいそいそと台所へ消えてゆく。
　つい先程まで、他に類を見ない食感の水饅頭のふるふる加減を堪能しながら冷茶を飲んでいた。
　本田とお互いの近況を話しているうちに何時の間にかなくなっていたのにきっと、気遣い屋の本田は気付いていたのだろう。
　「全く……手前と一緒に居る時ぐらい、気遣いなんざぁ忘れてくれりゃあいいってーのによぉ」
　本田の痒い所に手が届く心遣いは嬉しいのだが、恋人である自分と一緒に居る時ぐらいは気を抜いてくれてもいいのにと思わずにはいられない。
　もう一人の恋人にはもっと遠慮がないと、知っているから余計に。
　「悋気たぁ……手前もまだまだ若いってか？」
　飼い主に似て空気を読むぽち君が膝の上に乗ってきたのをあやしながら天井を仰ぐ。
　幾度となく見ている板の目に特異な配色を持つ男が一人浮かんだ。
　ギルベルト・バイルシュミット。現在アドナンと本田を恋人として共有する相手。

　まさか自分が誰かと恋人と共有できる日が来るとは思ってもみなかった。
　ハーレムを作っていた昔でも、相手の心移りを知ればすぐさま切って捨てたと言うのに。
　横恋慕してきた男を痛めつけもせずに受け入れ、もう一人の恋人を手に入れて艶やかに微笑む愛しい人の全てを許せるなんて、今でも信じがたい。
　正直、時折だが揺り返しは来る。
二人きりの蜜月が短くなかっただけに、何故自分だけでは駄目なのか？　と繰り返し考えてしまう。
　その気持ちをストレートにぶつければ本田は笑みを深くして言うのだ。
　サディクさんが下さる愛情にギルベルトさんが下さる愛情が加わって、私に与えられる愛情が二倍になると、単純に言えばそういうことです、と。
　足りない訳ではなく、増えるのが嬉しいと声を転がす。
　「まぁ、これ以上はないってんだから。納得しなきゃなんねぇってーのは、百も承知なんだがねぃ」
　解ってはいても割り切れないのジレンマ。
　相手を愛しすぎるほどに溺れている自覚は深い。
　「何が百も承知なんです？」
　盆の上に冷えたスイカを乗せた皿を二つと、必ずお供につけてくる塩を持って本田が戻って来た。
　「いえね。お菊さんを誰かと共用するのを納得しなきゃなんねぇんだよなぁーと、しみじみ」
　「おやまぁ」
　やはり本田は笑みの眉を開くとアドナンの前に皿を置く。
　ぴんと角の尖ったスイカは実に美味そうに見えた。
　「ふふふ。貴方の悋気は嬉しいですよ？」
　「お菊さん……」
　「ギルさんの悋気はちょっと色々と面倒ですけれどね。貴方の悋気はレアですから」
　「そりゃ、目一杯我慢してやすから」
　肩を落としながら息を吐き出してスイカにむしゃぶりつく。
　想像以上の冷えに頭がきんと痛んだ。
　「我慢しなくても、いいですよ？」
　「……怖い事をおっしゃる。自分でもどうなっちまうかわからないんですぜ」
　スイカで濡れた指先を本田の唇に滑らせる。
　本田はアドナンの指をちゅ、と可愛らしい音を立てて吸った。
　「貴方はそこまで破滅的な方ではないでしょうに。ギルさんもそう。最後の最後で壊れる事ができない。私もそうです。だからこそ、三人で愛し合うなんて奇跡が起きるんですよ」
　「奇跡、ですか」
　「ええ。そうです。難しいですからね。三人で過不足なくそれぞれを愛し合うというのは」
　「よしてくだせぇ！　その言い方じゃあ俺があんたと同じくらいに、馬鹿ベルトを愛しているみたいに聞こえるじゃありやせんか！」
　「おいおい。言う事に欠いて馬鹿ベルトはねぇだろうが」
　「っ！」
　他人の気配に気付かぬほど取り乱したつもりはなかったが、バイルシュミットが背後に立つのに勘付けなかった。
　「菊。俺様にも持って来いよ、スイカ。でっけぇので頼むぜ」
　「はいはい。大きいのをお持ちしましょう」


　今年もスイカを沢山食べましたが。
　まだ足りないです。
　らぶ、スイカ。